Arabia Artdepartment

Arabia Artdepartment[アラビア・アートデパートメント]
1932年にアラビア社内にKurt Ekholm(クルト エクホルム)によって設立された芸術部門。

量産を目的とせずデザイナーが自由に創作活動をする場として作られた。

そのため、デザイナーの個性が発揮された芸術性の高い作品が多く、その分生産数が少ない。

設立直後の1930年代にはミラノトリエンナーレで注目を集め、1937年のパリ万国博覧会では国際的な評価を得た。当初のメンバーとしては、Kyllikki Salmenhaara(クリッキ・サルメンハーラ)、Toini Muona(トイニ・ムオナ)、Aune Siimes(アウネ・シーメス)、Birger Kaipiainen(ビルガー・カイピアイネン)などが知られている。

Riceシリーズで知られるFriedl( Holzer-) Kjellberg(フリードル・ホルサー=シェルベリ)は1948年から1950年までディレクターを務めた。

1950年にKaj Frank(カイ・フランク)がアートディレクターとなり、1951年のミラノトリエンナーレでは多くの賞を受賞する。

Kaj Franckがアートディレクターに就任してからは、作家性の強いアートピースだけでなく、プロダクトとアートの中間的性格を持つ半量産品も作られるようになった。また、Artdepartmentの特性が効果的に機能し始め、自由に制作できる場所から生まれる創造性と大規模な製造ラインから生まれる機能美との融合が進んだ。

1960年代にはチーフディレクターのRichard Lindh(リカルド・リンド)を始め、Gunvor Olin-Gronqvist(グンヴァル・オリン=グラングヴィスト)、Peter Winqvist(ペテル・ウィンクヴィスト)、Anja Jaatinen-Winqvist(アンヤ・ヤーティネン・ウィンクヴィスト)、Annikki Hovisaari(アンニッキ・ホヴィサーリ)、Esteri Tomula(エステリ・トムラ)、Hilkka-Liisa Ahola(ヒルッカ=リーサ・アホラ)など多くのアーティストが在籍し、プロダクトを含む様々な作品が生まれた。

同時にArabia社は大きな発展を遂げ、1951年のミラノトリエンナーレでは多くの賞を受賞する。

現在も石本藤雄やHeikki Orvola(ヘイッキ・オルヴォラ)、Heini Riitahuhta(ヘイニ・リータフフタ)、Kristina Riska(クリスティーナ・リスカ)、Kati Tuominen-Niittylä(カティ・トゥオミネン・ニーットゥラ)など才能豊かな8名のアーティストが在籍している。 word cloud